なんでもない時間、それが心地いい

なんかね、最近すごく思うことがあるんやけど。ずっと無理に喋ってなくても、全然気まずくならへん関係性って、ほんまにありがたいなって。
昔は、人と会ったら「何か面白いこと言わなきゃ」「会話を盛り上げなきゃ」って、ちょっと気負っちゃうところがあったんやけど。でも、そういうのって、意外と疲れるねんな。相手にも、自分にも、どこかでプレッシャーになっちゃう。
だから、最近は、友達とか、家族とか、そういう身近な人たちといる時に、「あ、この沈黙、全然大丈夫やな」って思える瞬間が、すごく心地よくて。
例えば、友達の家で、特に予定もなくただ集まった時。それぞれがスマホ見たり、本読んだり、なんとなくテレビ見てたり。でも、別に「何してるん?」って聞いたり、無理に話しかけたりせえへんねん。ただ、同じ空間にいて、それぞれの時間を楽しんでる。
それで、ふと目が合ったら、ニコッて微笑んで、「お疲れさん」っていう空気を共有する。言葉には出えへんけど、「今日も一日頑張ったね」「ここにいてくれてありがとう」っていうのが、ちゃんと伝わってくる。
これって、スナックとかの、ちょっと独特な空間にも似てるなって思うんよ。ママさんとか、常連さんとか、別に延々と会話を続けるわけじゃなくても、カウンターに座ってるだけで、なんかホッとする。お酒を飲みながら、黙ってテレビ見てても、周りの人が気にかけてくれてる感じ。あの、ほっとけへんけど、干渉しすぎない、絶妙な距離感。あれが、スナックの優しさなんやろうなって。
そういう関係性って、ほんまに楽やん? 相手に気を遣わせることもないし、自分も無理しなくていい。だって、無言でも「いてくれてる」だけで、十分なんだもん。
「一人でいる」と「誰かといるけど、一人でいる」って、全然違うやん。一人でいる時は、基本的には自分のペースで、自分の世界に没頭できる。でも、誰かと一緒にいると、どうしても相手のペースに合わせたり、相手に何かを求めたりしがちやん?
でも、そういう「無理に何かを求めなくていい」関係性って、ほんまに貴重やなって。喋らなくても、笑わなくても、そこにいるだけでいい。だって、もう十分「あなたの存在」で、私は満たされてるから。
なんか、うまく言葉で説明できひんけど、そういう「無言の優しさ」みたいなものに触れると、心がじんわり温かくなるんよね。頑張りすぎなくていいんだよ、って言われてるみたいで。
現代社会って、どうしても「ポジティブ」とか「アクティブ」とか、常に何かを「生産」したり「発信」したりしないといけない、みたいな風潮があるやん? でも、たまには、そういうプレッシャーから解放されて、ただ「そこにいる」だけでいい時間も、ほんまに大切やなって思う。
家族とか、親しい友達とか、そういう人たちとの時間って、まさにそうやねん。特別何かをしなくても、ただ一緒にご飯を食べたり、同じ部屋で過ごしたりするだけで、なんか満たされる。
「あ、この人となら、沈黙も悪くないな」って思える。
むしろ、「この沈黙がいいんだよな」って。
あの、ぎこちない沈黙じゃなくて、穏やかで、心地いい沈黙。
まるで、ずっと昔から一緒にいるかのような、安心感に包まれる。
「なんでこんなに落ち着くんやろ?」って、自分でも不思議に思うくらい。
それは、お互いに「相手のことを理解しよう」と、無理に言葉を探す必要がないからかな。
「言わなくてもわかる」っていう、信頼関係があるからかな。
そういう関係性って、きっと、そう簡単に築けるものじゃないと思うねん。
時間をかけて、お互いのことを知り尽くして、初めて生まれるものなんかな。
だからこそ、そういう人たちとの時間は、ほんまに尊い。
これからも、そういう、言葉に頼りすぎない、心地いい関係性を、大切にしていきたいなって思った、今日この頃でした。
なんか、ちょっとポエムみたいになったかな?(笑) 🍵
(Googleマップ案内)
JR難波駅徒歩圏内のお店です。