あれこれ気にせず、ゆるっと楽しむのが心地いい

なんかさ、友達とかとご飯行ったりする時って、お金のことって結構気にする?「この前〇〇がおごってくれたから、今日は私が出す!」とか、「あー、この前奢ってもらったし、今日は私払うね!」みたいな。もちろん、そういうのってすごく大事だし、感謝の気持ちとかも伝わるから、全然悪いことじゃないと思うんだ。
でも、最近ふと思ったんだけど、いちいち「貸し借り」みたいに数えていくのって、ちょっと疲れちゃうなって。もちろん、毎回毎回タダ飯!みたいなのはさすがに違うけど、もっとこう、ゆるく、お互い様くらいの気持ちでいられたら、もっと楽で楽しいんじゃないかなって。
この前、友達とカフェに行った時、たまたま私が先にレジに並んでて、そのままお会計しちゃったんだよね。そしたら、後から来た友達が「あー、ありがとう!じゃあ、次はこの私が好きなケーキ屋さんに連れて行くね!」って言ってくれて。もう、その言葉だけで「わーい!」ってなったもん。
別に、その時のカフェ代を「〇〇円もしたから、次はこの金額以上で返さなきゃ!」とか、全然考えなかったし。友達も、私が払ったからといって、過剰に気を使ってる感じもなかったし。なんか、そういう自然な「あ、じゃあ次は私ね」っていうのが、すごく心地よかったんだよね。
「この前奢ったんだから!」とか、「次は絶対〇〇が払ってね!」みたいなのって、なんだかちょっと窮屈じゃない?もちろん、そういう関係性もアリだと思うんだけど、私としては、もっとこう、気持ちのキャッチボールを大切にしたいなって思うんだ。
今日の私が「あ、なんか美味しいもの食べたいね、これ美味しそうだね」って思って、ちょこっとご馳走した。それは、相手に何かを期待して、見返りを求めて、っていうわけじゃなくて、単純に「一緒に楽しい時間を過ごしたいな」「喜んでくれたら嬉しいな」っていう気持ち。
そしたら、明日、自分が「あー、なんか疲れたなー、美味しいものでも食べたいなー」って思った時に、別の子が「あ、今日、〇〇さん元気なかったみたいだし、なんか美味しいもの食べに行こうよ!」って誘ってくれるかもしれない。そういう、持ちつ持たれつ、お互い様、っていうのが、なんか「大人の遊び場」って感じがして、いいなって思うんだよね。
細かい損得勘定とか、いちいち「どっちがいくら払った」とか数えるんじゃなくて、もっと大きな視点で、みんなで楽しい時間を共有できたら、それが一番幸せなのかなって。そういう風に思えるようになったら、なんか人間関係も、もっと楽になる気がする。
もちろん、本当に困ってる時とか、助けてほしい時とかは、遠慮なく「助けて!」って言える関係性も大事だし、そういう時に「しょうがないなー」なんて言いながらも、手を差し伸べてくれる友達がいるっていうのは、本当にありがたいこと。
でも、日常のちょっとした「ご馳走」とか「おごり」とか、そういう細かい部分で、いちいち貸し借りみたいに意識しすぎると、せっかくの楽しい時間が、なんか義務みたいになっちゃったり、相手に気を使わせすぎちゃったりする気がするんだ。
だから、これからは、そういう「貸し借り」っていう意識を、ちょっとだけ薄めにして、もっと「お互い様」とか「気持ちのキャッチボール」っていうのを大切にしていきたいな、って思ったんだ。なんか、そう思うと、友達と会うのがもっと楽しみになる気がする。ゆるっと、でも温かい、そんな関係が築けたらいいな。うん、そうしよう。😊
(Googleマップ案内)

渡辺通駅徒歩圏内のお店です。