そっか、私って臆病なんだなって思った日

最近、ちょっとしたことで「あ、私って意外と臆病なのかも?」って思う瞬間が増えたんだ。なんか、すごく大きな出来事があったわけじゃないんだけど、日々の小さな選択とか、人との関わりの中で、ふと気づくことがあるんだよね。
例えば、何か新しいことに挑戦しようとするとき。頭では「やってみよう!」って思ってるんだけど、心のどこかで「もし失敗したらどうしよう」「周りの目が気になるな」って、ちっちゃな声が聞こえてくるんだ。昔から、どっちかっていうと石橋を叩いて渡るタイプではあったんだけど、最近はそれが「石橋を叩くだけじゃなく、そもそも渡るのをためらってる」みたいな感覚に近くなってる気がする。
でもね、不思議と嫌な気分じゃないんだ、この「臆病さ」に気づいたこと。むしろ、「あ、私、ちゃんと自分と向き合ってるんだな」って、ちょっとだけ安心したというか。だって、自分の弱さとか、怖がりな部分を認めるって、結構勇気がいることじゃない?「私は強い人間!」って思い込みたい時もあるし、周りのキラキラしてる人たちを見てると、自分なんてまだまだだって落ち込んじゃうこともあったりする。
でも、この「臆病さ」があるからこそ、慎重になれる部分もあると思うんだ。例えば、新しいお店に入るときも、いきなり飛び込むんじゃなくて、口コミを調べたり、友達に聞いてみたり。それは、失敗したくないっていう気持ちの裏返しでもあるけど、同時に、無駄なリスクを避けて、より良い選択をしたいっていう表れでもあるんじゃないかなって。
それに、人との関係でも、臆病だからこそ、相手の気持ちを考えるようになるのかもしれない。自分の意見を言うのが怖くて、相手に合わせちゃうこともあるんだけど、それは相手を傷つけたくないっていう思いやりから来てることもあるんだって、最近思うようになった。もちろん、それで自分を犠牲にしすぎちゃダメなんだけどね。
この間、友達とカフェで話してた時も、そんな話になったんだ。友達は「私、本当はすごく心配性なんだよね。でも、それを表に出さないようにしてる」って言ってて。お互いに「わかるー!」って盛り上がったの。みんな、多かれ少なかれ、自分の中に臆病さとか、怖がりな部分を抱えてるんだなって。
で、思ったんだけど、その「臆病さ」を無理に消そうとしなくてもいいんじゃないかなって。むしろ、その「臆病さ」を、自分の個性として受け入れてあげるのが大切なのかもしれない。だって、臆病だからこそ、周りをよく見て、思いやりを持って接することができるんだもん。
もちろん、臆病さのせいで、チャンスを逃してしまったり、自分を追い詰めてしまったりすることもあるだろうけど、それはそれで、また別の経験として学んでいけばいいのかなって。大事なのは、その「臆病さ」に気づいて、どう向き合っていくかだよね。
最近は、ちょっとずつだけど、怖がりな自分に「大丈夫だよ」って声をかけてあげるようにしてる。新しいことにも、失敗を恐れずに、まずは一歩踏み出してみようって。たとえうまくいかなくても、きっとそこから何か学べることがあるはずだから。
なんだか、自分の臆病さを認めるって、すごく自分を大切にする行為なんだなって思ったんだ。だって、完璧じゃなくていいんだよって、自分に教えてあげてるみたいだから。これからも、この臆病さと上手に付き合いながら、色々なことに挑戦していきたいな。そっか、私って臆病なんだな。うん、それでいいんだ。✨
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